「ちょっと聞いて!」のお話。
平成最後の終戦記念日.
こんばんは!
北海道帯広市でネイルサロン&スクールを運営しております、
E-ori’s5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。
世間はお盆真っただ中ですね、
盆踊りのお祭りなどが開催予定だったものが中止を余儀なくされる程、全道大雨のお天気が明日も続くようです。
ご先祖様が帰って来る喜びの涙雨というところでしょうか。
そして今日は平成最後の終戦記念日という事で。
来年には年号が変わるという事ですので昭和生まれの私としては、平成生まれの方が言った、「平成じゃなくなるって何だか古い感じがしますよね」の言葉に笑顔で返す以外手段が無かったという、
年号を2つ跨ぐ事へ複雑な思いがある所ですが…。
本日は少し終戦記念日という事で、いつもの如く大東亜戦争時の人々の事に思いを馳せ、少し長い内容を書きたいと思います。
戦争の事は事あるごとにこのブログで触れて参りましたが、
平成最後、そして昨年日本は核兵器禁止条約に参加しなかったと報道もされておりますが(その理由がこの方のブログで分かり易い解説がありましたのでお時間がありましたらクリックしてご一読下さい)、
今日だけでも大東亜戦争から73年目、世界情勢が不穏だからこそ、より戦争の事を考えたいと思います。
私の知人に、もう何十年も沖縄の収集されないで野ざらしになった戦没者のお遺骨を収集している方がおられます。
その方は、ジャングルの中の道なき道を入って、泥にまみれながらも、時には危険な壕の中へ入りお遺骨を陽の当たる場所へ出してあげたいという一心で数日間、捜索されております。
その方を知った当時、沖縄出身の私としては、沖縄に縁の無い方が危険を顧みず私の祖先である沢山の沖縄県民の、いまだ収骨されていない現状に嘆き何十年もご尽力して収骨して頂いてきた事に、言葉に出来ない感銘を受けたのを今も覚えております。
お遺骨収集をしている方が以前、「歴史上、人は戦争を繰り返してきたからね、70年以上も戦争をしていない事は歴史上ない事ですよ』と仰っておりました。
そして、沖縄の世界から見た位置関係を表す地図の上に立ちながら、「この地図で周辺との位置関係から見ても分かるように、沖縄は地理的にとても魅力的な位置になるから、
他国から沖縄を守る為にも軍事基地を置いて防御しなければならないんです」と説明を受けた時、そこから沖縄を見て戦争に発展する事があるという事に驚きと同時に、沖縄が今でも基地問題を抱え続けている意味が分かったように思いました。
先日、「長崎で96年春に公園再整備のための掘削工事をしたところ、爆心地付近で犠牲になった人の拾われなかった骨が公園から出土したので残りも収集したいと市に工事中止を求めたが、かなわなかった。
原爆で亡くなった人の無念さにも市はふたをしてしまった」という記事を見ました。
長崎は特に被爆者への哀悼心は色褪せる事すらないのかと思っていたので、この記事を読んだ時は大変ショックでした。
また、原子爆弾って実は日本でも製造されていたらしいという事はご存知でしたか?
広島に投下された時、原子爆弾の製造に関わっていた研究者は状況から、「これは原子爆弾が落とされたんだ」と分かったらしいです。
原子爆弾が落とされ、敗戦となり73年前の今日終戦を迎えた日本ですが、
もしかすると私たち日本が原子爆弾を投下する側になっていたかもしれない側面があった事、
考えさせられませんか?
この頃は8月といっても戦争関連のテレビ番組などあまり見かけなくなったように思います。
戦争体験者も高齢になってきている今、やっぱりメディアやテレビ局は戦争を知らない世代が多くなってきているからこそ、
あの悲惨な大東亜戦争を知ってもらうよう働きかけてほしいと切に願います。
飛行機がただただ好きで、民間機のパイロットだったというある方が戦時下で、夢を乗せて大空を飛ぶ事から、
命をかけた絶望の戦いに駆り出される兵士として飛行機に乗り、
沖縄に散っていった、と先日番組でやっていました。
大東亜戦争って、大体いつも最後は’沖縄’というワードが出てくるんですよね。
その度に辛い気持ちになります。
そして札幌では画家を夢見て、志し半ばで亡くなった戦没画学生の「戦没画学生慰霊美術館『無言館』展」が催されていて番組で取り上げられておりました。
何年か前に鹿児島の知覧特攻平和会館もいきましたが、
皆若くして亡くなっているんですよね。
戦没画学生達は、出撃命令の10分前、5分前までペンを置かなかったとか。
「画を描きたい」という、ただそれだけの思いすら成し遂げる事ができなかったあの時代、
祖国を守る使命だけで生きる選択がなかった英霊たちのお陰で今の平和な日本があるんだな、と強く想わずにはおられません。
8月は辛い月です、
広島長崎の原爆投下日があり、過日の12日の日航機墜落事故は私もJAL機をよく乗りますので他人事ではありませんし、
お盆では亡くなった人を思い出します。
そして今日は終戦記念日で、明日は亡くなった同級生の13回忌です。
したかった事ができなかった人がいる事、
夢も志しさえも叶わなかった人がいる事を、
せめてこの8月は考えて、これからも平和が繋がっていく方法を現代を生きる皆様と共に模索していけたらと思います。
Posted at 2018年08月16日 0時02分42秒
2018上半期の御朱印.
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本日は朝から雨ですね。
久々の雨ですので、車の汚れも程よく流されております。
この雨、千葉県に上陸した台風の影響らしいですね。
関東は台風一過でまた暑さがぶり返しているとか!
以前、ある方と「台風一過って意味知ってる?」という話をした事があるのを思い出します。
そう、’一家’という賑やかな家族という意味ではなく、
’一過’という通り過ぎるという意味なんですね!
「日本語は難しい」と笑った事を思い出します。
何はともあれ本州の方には熱中症に気を付けて頂きたいのと、
新しくできた台風の今後の動向に注視したいと思います。
さて、今年も早々と上半期が過ぎていきました。
今年の御朱印をざっとご紹介したいと思います。
1月、
上段左-帯広にある十勝護国神社,1/28
上段右-同じく帯広にある帯廣神社,1/28
下段左-同じく帯広にある南豪神社,1/28
下段右-京都八坂神社,元旦
2月、
上段左-帯広にある十勝護国神社,2/27
上段右-帯広にある帯廣神社,2/27
下段左-京都鞍馬寺,2/4
右-帯広にある南豪神社,2/27
3月、
上段左-京都にある晴明神社,3/14
下段左-帯広にある十勝護国神社,3/30
下段右-帯広にある帯廣神社,3/30
右-右-帯広にある南豪神社,3/30
4月、
左-帯広にある十勝護国神社,4/28
中-帯広にある帯廣神社,4/28
右-帯広にある南豪神社,4/28
5月、
上段-三重にある伊勢神宮,5/5
下段左-帯広にある十勝護国神社,5/30
下段右-帯広にある帯廣神社,5/30
右-帯広にある南豪神社,5/30
6月、
上段左-京都府宮津市にある元伊勢宮,6/30
上段右-京都府宮津市にある籠神社,6/30
下段左-帯広にある十勝護国神社,6/24
下段左-帯広にある帯廣神社,6/24
下段右-帯広にある南豪神社,6/24
合計24寺社の御朱印を頂きました。
2018年も元旦から参拝に行き、5/5や上半期の締め括りに元伊勢宮へ行くという偶然もあり、
大変ありがたい上半期でした。
神社がらみの不思議体験もさせて頂いたりして、禊ができたかなと思います。
寺社でいつも私が願う事は、
【私の大切に想う人達がいつも幸せで笑っていられますように】
です。
今日も明日も、幸せな日を過ごしておりますよう、
いつもお祈りしております☆
Posted at 2018年08月09日 18時24分37秒
鎮魂の日の広島.
こんばんは!
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明日は暦の上では立秋を迎えますね。
この数日、帯広も朝晩が涼しくなって数日前の湿度も無くなり過ごしやすくなりましたね。
ですが、本州は相変わらず猛烈な暑さが続いているようで…。
そんな今日は広島に人類史上初めて原子爆弾が投下された日ですね。
広島にはご縁があって何度と出向いておりますが、時間が許す限り戦争資料館などを訪ねてきました。
本や映像で原子爆弾の悲惨さを知っている方は多いと思いますが、やはり現地に行き、現存する建物を訪ねてそこから伝わってくるものを肌で感じるのが大切だと思います。
そこで見たり感じたり匂うものなどが本当に心に深く残ると思います。
10年前に住んでいたNew Mexico州は原子力の街で、
広島長崎に投下された原子爆弾を作っていた場所でした。
New Mexico州歴史博物館という施設の中に立っている、
Atomic Museumです。
そこにもしっかり広島に投下されたリトルボーイの原寸模型が展示されておりました。
その近くに広島長崎の事が展示されていました。
驚いたのが展示物がこれだけだった事。
この展示物からは原子爆弾の悲惨さ、これは人の上に落としてはならない最も非人道的な兵器である事、そしてその悲劇は長きに渡って続いていく事は一切触れられておりませんでした。
そして1番驚いた事は、そこにノートが置いてあったのですが、【原子爆弾の投下は戦争を終結するには必要だった】
というコメントが多かった事です。
【投下していなかったら戦争が長引き、もっと沢山の人が命を落とす事になっていただろう】、という記載もありました。
必要悪、という解釈が相手国の言い分なんですね。
それよりもこの施設はAtomic Museumという事でもあり、
原子力の素晴らしさを多く取り上げて展示していました。
確かに原子力のお陰で人の生活は格段に豊かになりました。
でもそこから出る、核のゴミの処理問題、福島の原発事故の汚染水問題は全く解決の糸口が見つからず、今尚増え続けているのも現状です。
物の全てには表裏一体、
捉える側の問題という事でしょうか。。。
写真は、オテロ郡にあるアラモゴードの南西およそ25 km (15mi)、標高約1.200 m (4.000ft) に位置する白い大砂丘地帯、アメリカ合衆国国定記念物に指定されている世界最大のアラバスター砂丘ホワイトサンズです。
風が強くどこまでも広がる真っ白いだけの砂丘は、
入り口に置かれている、『〇時〇分入場・名前・〇時〇分退場・名前』を書いておかないと、風で簡単に地形が変わり、足跡も消えてどこから来たのかも分からなくなって遭難してしまう危険性がある場所でした。
一面見渡す限り白い砂だけで、「ヒョーヒョー」と風が吹く音しか聞こえない、視覚的にも聴覚的にも感覚的にも今まで体験した事がない異次元の世界が広がる砂丘でした。
世界初の核実験が行われたホワイトサンズ・ミサイル実験場や、NASAのスペースシャトル着陸用滑走路もあり、住民はほとんどこのエリアにはいないとされています。
ホワイトサンズで人類初の核実験が行われたトリニティ実験は、爆縮型プルトニウム原子爆弾の爆発実験で、同型の爆弾『ファットマン』が、後に日本の長崎に投下されました。
トリニティ実験の数週間後の広島・長崎への原子爆弾投下へとつながり、核の時代の幕開けとなっていくのです。
このホワイトサンズが核実験を行うのに広大で都合が良かったのだそう。
日本人としてここに訪れた事ができたのはとても貴重な経験でしたね。
そんな広島、、、
今日で豪雨災害から1ヵ月ですが、多方面から支援があり復興は進んでいると知人が知らせてくれました。
ただ行方不明者がまだ見つかっていないとの事です。
爆弾投下の日と言い、豪雨災害と言い、今日は山形県でも大雨の被害があったようですが、
悲しい出来事で日々が記録されていくのはもう嫌ですね。
明日は地方によっては七夕でもありますね。
皆様の、逢いたいと願う人に逢えるよう、お祈りしたいと思います☆
Posted at 2018年08月06日 23時12分31秒
夏のお参り.
こんばんは!
北海道帯広市でネイルサロン&スクールを運営しております、
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毎日大変忙しくさせて頂き、本日も今し方最後のお客様を終えたところで、ノンストップだったのでやっと一息付きながら書いております。
最近お客様と、神社のお話やパワースポットのお話、
易者さんのお話などで盛り上がる事があります。
ご存知の方も多いと思いますが、
私は神社好きで毎月末には神様に、今月のお礼と来月の頑張りの約束など、願掛け参りを恒例としております。
まず1つとして、’帯廣神社’さんです。
ご祭神は、
■大 國 魂 神(おおくにたまのかみ)・・・北海道の国土の神
■大 那 牟 遅 神(おおなむちのかみ) ・・・国土経営・開拓の神
■少 彦 名 神(すくなひこなのかみ) ・・・国土経営・医薬・酒造の神
です。
帯広のお水を飲み生活を営ませて頂き、お商売もさせて頂いておりますのでお礼を特にしております。
今月15日まで、帯廣神社さんは夏詣特別御朱印が頂けるそうです、
いつもと違いカラフルでかわいらしかったです!
2つとしてそのお隣に隣接している、’十勝護國神社’。
護国神社さんなので言わずもがなご祭神は、帯広出身の戦歿者及び平和功労者です。
今の平和な日本、そして帯広があるのは戦没者の方々の上に成り立っていますからね、
ここでは、大切な人達が健康と笑顔で日々過ごせるようお祈りしております。
そして私が大好きなご祭神が名を連ねております、’南豪神社’さんです。
■天照皇大神(あまてらすおおみかみ)…日本国民の総氏神
■豊受大神(とようけのおおかみ)…伊勢神宮外宮にお祀りされており、食物・穀物を司る女神
■猿田毘古之大神(さるたひこのかみ)…天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した国津神
■倭姫命(やまとひめのみこと)…記紀に伝える古墳時代以前の皇族。第11代垂仁天皇の第4皇女。母は皇后日葉酢媛命
上記の3柱神が古事記や神話に出てくる神様で、
この3柱が大好きで南豪神社はお参りによく行きます。
天照皇大神は超リスペクトしている神様、
豊受大神さんは、天照皇大神が淋しいという事でお伊勢さんの下宮に呼び寄せたという神様ですので私のイメージでは姉妹のような仲良しさんなのかな、というところから、「大好きな人の友達は私の大事な友達でもある!」という所から大好きな神様、
猿田毘古之大神さんは、上記で説明しているように、道案内をした神様ですので、迷った時に行くべき道へ誘ってくれるよう、願掛けしている神様です!
神様へお願いする時は、住所・氏名・誕生日と干支をまず言って、どこの誰かを伝えてから願掛けをするといいんですよ。
願い事は具体的に言った方が伝わりやすいそうです。
『信じる者は救われる』、
私はそう信じております。
皆様が幸せで笑いの絶えない日々を過ごせるよう、いつもお祈りしています☆
Posted at 2018年08月05日 0時06分04秒
豪雨災害の爪痕。
こんばんは!
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本日も新たな災害が起こる可能性が出ているとNEWSで取り上げられておりました。
ちょうど1週間前に起きました西日本各地を襲った豪雨災害は、まだ収まる気配はないですね。
先日行っておりましたFantasy nailsのJapan meetingに来ておりました広島の先生も、
ご実家が正に甚大な被害が出ている安芸区矢野にあるという事で、幸いその先生のご家族は大丈夫だったそうですが、
「心は広島に置いてきた」と仰っておられ、ご心痛はいかばかりかと私も胸が痛みました。
広島市内に住む知人も、被害が起きた安佐北区のボランティア活動に翌日から参加しているようでした。
広島は知り合いもおりますし、市内の方にも同じく被害を受けた呉市にも縁がある場所ですので、他人事とは思えません。
しかも昨日、急ぎ書き上げた京都での話にも関係するのですが、
今回京都府も甚大な被害が出てしまいました。
宮津市内は土砂崩れが起き、
峠の道路は陥没して陸の孤島と化してしまったそうです。
1週間前に行っていた私としてもこのような惨状は信じられませんでした。
今週頭に京都へ行っておりました時も、テレビからは警報アラートやスーパーが引っ切り無しで、今回の豪雨災害はまだ収束していないことを知らされました。
天橋立のある宮津市や渡月橋が架かる桂川の荒れる姿も、
たった1週間前は穏やかで沢山の方が観光を楽しむ平和な様子だったので信じられませんでした。
甚大な被害が出てしまった地域は今も不明者の捜索が炎天下の中続いているようです。
一刻も早く見付かります事と、
被害に遭われた方々が1日も早く日常を取り戻せますよう、
心よりお祈り申し上げます。
Posted at 2018年07月13日 21時25分33秒